大阪地方裁判所 昭和61年(ヨ)523号 決定 1986年7月31日
申請人
水野博
右訴訟代理人弁護士
深田和之
被申請人
日興乳業株式会社
右代表者代表取締役
中西喜三郎
右訴訟代理人弁護士
小田健二
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
一 申請人は、
被申請人が申請人に対して昭和六一年二月一日付でした営業本部第一営業部営業一課第一係(以下「営業一課第一係」という。)から同課第四係(以下「同課第四係」という。)へ配置転換する旨の命令の効力を仮に停止する、
被申請人は申請人を昭和六一年一月三一日当時の職務に仮に復帰させよ、
申請費用は被申請人の負担とする、
との裁判を求め、被申請人は主文同旨の裁判を求めた。
二 被申請人が申請人に対して、昭和六一年二月一日付で、それまで申請人が就業してきた早朝の商品配送業務を担当する営業一課第一係から集金業務を担当する同課第四係へ配置転換する旨命じた(以下この命令を「本件配転命令」という。)ことは当事者間に争いがない。
被申請人は、申請人と被申請人との間の労働契約(以下「本件労働契約」という。)において申請人は被申請人に対して配置転換についての包括的同意をしていた、そうでないとしても、本件配転命令は本件労働契約上被申請人が有していた人事権の範囲内で行われたものであるから有効である旨主張し、申請人は、被申請人の右主張を争い、本件労働契約において申請人の就労すべき職種は、勤務時間を午前二時から午前一一時までとする商品配送業務(営業一課第一係の業務)に限定されているから、本件配転命令は本件労働契約の趣旨に反し、何らの正当な権限に基づかずになされたものであって無効である、また、たとえ本件労働契約上申請人に配置転換を命ずる権限が認められていたとしても、本件配転命令は何ら合理的な必要性もないのに、申請人の以下(一)、(二)記載のような活動を嫌忌した被申請人が専ら他の従業員に対するみせしめのため報復的に行ったものであるから、権利の濫用であって無効である、
(一) 被申請人は、昭和六〇年二月ころ、早朝の商品配送業務を外部の業者に外注して、従前当該業務に従事していた被申請人の従業員を昼間の商品配送業務等他の業務に配置転換しようとしたが、申請人はその際、早朝の商品配送業務の職場代表の一員としてその実施に強く反対した、
(二) 申請人は、昭和六〇年九月ころ、従前より被申請人において勤務時間外に行われていたいわゆるQC活動への参加を不当に強要されたこと等に対して、係長を通じて被申請人に抗議して善処方を求めたり、また右活動に参加しなかったりした、
旨主張する。
三 そこで、本件労働契約の内容について検討する。当事者間に争いのない事実及び本件一件記録によれば以下の事実が一応認められる。
1 被申請人は、牛乳、乳製品の生産、処理、販売等の業務を営む資本金二〇〇〇万円の会社である。
2 申請人は、被申請人が勤務時間を午前二時から午前一一時までとし、製品配送業務を行う普通運転手を新聞広告等を通じて募集したのに応募し、昭和五三年九月四日から被申請人に採用され、三カ月の試用期間を経た後昭和五四年一月一〇日本採用となり、採用以来本件配転命令が発せられるまで継続して右業務に従事してきた。
3 申請人は、本採用時に、「被申請人従業員として入社の上は、被申請人の就業規則及び服務に関する諸規則に従い誠実に勤務することを誓約し厳守履行する」旨の誓約書に署名、捺印して被申請人宛提出し、その旨誓約した。この当時実施されていた被申請人の就業規則(ただし、この就業規則については被申請人の労働者の過半数で組織する労働組合の意見を聴いて労働基準監督署長に届出るという労働基準法八九条、九〇条所定の手続が履行されたとは認められないが、そのような手続上の欠かんがあるからといって就業規則の私法上の効力を無効たらしめるものではない。)第四条「社員に適用される職階、職制など組織人事に関する事項は別に定める。」との規定を受けて制定されたもので、就業規則と一体としての効力を有するとみられる付則職階及び職制(疎乙第六号証)中には、「(適正配置)1会社は従業員の体力、体質、技能、経験、勤務成績等を勘案して、適正な配置を行なう。2実務の都合で従業員に対し転勤を命じ又は、職場及び職種の変更を命じた場合、正当な理由がない限り、これに従わなければならない。」との規定が設けられている。(申請人は、申請人が採用された当時の被申請人の就業規則には配置転換に関する規定がなかったということについて自白が成立しているから、被申請人が昭和六一年四月一日付準備書面において当時効力を有していた就業規則として疎乙第六号証の存在を主張するのは自白の撤回に当たり許されない旨主張する。しかしながら、一件記録上、被申請人が右準備書面を提出する以前に、申請人が採用された当時の被申請人の就業規則には配置転換に関する規定がなかったということについて自白((両当事者の一致した主張))があったとは認め難い。のみならず、たとえ自白が成立していたとしても、一件記録によれば、それは真実に反しかつ錯誤に基づいてなされたものであることが明らかである。従って、裁判所は事実認定を行うに当たり申請人の主張する右自白に拘束されるいわれはない。)被申請人の就業規則は、その後昭和五四年四月一日及び昭和六〇年四月一日に変更されたが、(これらの変更された就業規則はいずれも労働基準法所定の手続を経て適法に作成されたものである。)それらの中にはいずれも同旨の規定が設けられている。
4 被申請人は、昭和六一年五月現在、従業員総数約二三〇名で、内部組織は大きく総務部、営業本部、製造部に分かれ、営業本部には、牛乳、乳製品等の喫茶店に対する営業販売業務を担当する第一営業部、被申請人の主力商品であるコーヒー用フレッシュ「メロディアン・ミニ」のスーパーマーケット、食品問屋等に対する営業販売業務を担当する第二営業部及び企画開発課がある。第一営業部には新たな得意先の開拓業務を行う拡販課、伝票請求書等の処理、電話の受付等の事務処理業務を行う業務一課及び商品の配送、集金業務等を行う営業一課があり、営業一課には、商品の早朝配送業務を行う第一係(申請人が本件配転命令前就業していた係)、商品の昼間配送業務を行う第二係、既存の得意先に対する未納の種類の商品の売込みを主たる業務とする第三係及び集金業務を行う第四係(申請人が本件配転命令により配転を命ぜられた係)があって、第一係には約二〇名、第四係には約一〇名の従業員がいる。以上のような被申請人の組織形態は、申請人が採用された当時から現在に至るまで会社の規模が多少大きくなったり、若干の組織変更、各部署の名称の変更等があったりしたものの、基本的には変わっていない。
5 営業一課第一係の業務内容は、午前二時から午前一一時までの間、牛乳、乳製品等の商品を自動車に積んで一五〇軒位の得意先(主として喫茶店)を回り、注文を受けて商品を配り、更に得意先から受けたクレームその他事務連絡事項を被申請人の担当部署に取次ぐというものであり、他方、同課第四係の業務内容は、午前九時から午後六時までの間、自動車(一部自転車を使用する場合もある。)を運転して六〇〇軒位の得意先から集金をして回るというものである。以上の両業務を比較してみると、いずれも、自動車を運転して得意先を回るという点で共通していて同質性が高く、特殊技能や熟練、職務についての高度の慣れ等を要するような種類の業務ではなく、営業部門の中の極一般的な職種であるといえる。また、両業務の間で、勤務地、現実に就業する場所(いずれも主として大阪市内の得意先を回る。)は変わらないし、賃金面においても、基本給は変わらず、ただ諸手当が減少する(これは主として勤務時間が昼間となるので深夜勤務に対する手当がなくなることによる。)ため従前二五万円余り得られたものが約一万円だけ減少するに過ぎない。
6 被申請人において、昭和五三年ころまでは、営業部の従業員(ただし、事務職の者を除く。)については、原則的に、欠員ができたときに随時その職種の従業員を募集して採用し、当該職種に当てるという採用形態を採っていた。申請人の採用も右のような採用形態によったものである。しかしながら、このようにして採用された従業員の職種が勤務期間を通じて原則として採用時のそれに固定されるというような慣行はなかった。早朝配送業務に従事していた従業員についてみても、業務ないし人事配置上の必要から集金等営業部内の他の業務に配置転換された例は申請人の採用以前から相当数に上ったし、申請人が入社した後にも申請人以外に一五名以上の者についてそのような配置転換がなされている。
四 以上に認定したところにより本件労働契約の内容についてみるに、申請人は被申請人の行った早朝配送業務に従事する普通運転手の募集広告に応募して同業務に従事する従業員として採用され、以来本件配転命令時まで同業務に従事してきたものであるけれども、他方、申請人が採用されるときそれに従い誠実に勤務する旨誓約した被申請人の就業規則ないしその付則(申請人の採用当時のもの及びその後変更されたものを含む。)には、被申請人は業務の都合により従業員に対し配転を命ずることができ、従業員は正当な理由がない限りこれに従わなければならない旨の規定があること、前記三4に認定した被申請人の規模及び内部組織形態、申請人の従事していた早朝配送業務は営業部門の中の極一般的な職種であって何ら特殊技能や熟練、高度の慣れ等を要しないものであること、前記三6に認定した被申請人における従前の配置転換についての慣行ないし配置転換例等の事情をも勘案すると、本件労働契約の締結に当たっては、申請人を採用後さしあたり相当期間早朝配送業務に従事させることが当事者間で予定されていたものの、相当期間経過後も申請人の職種が早朝配送業務に限定され他の業務に配置転換されることはないということまで合意されていたとみるのは困難であり、少なくとも同一営業部内で特殊技能や熟練等を要さず労働条件のさほど異らない他の業務への配置転換に関する限り、被申請人が就業規則に則り申請人の同意なくして命ずることができるということが労働契約の内容になっていたと認めるのが相当である。
そして、申請人の採用後本件配転時まで七年余りも経過しているのであるから既に右相当期間が経過したことは明らかである。また、申請人が配転を命ぜられた集金業務は早朝配送業務と同じ営業部(第一営業部)内の、しかも同じ課(営業一課)に属する業務で、何ら特殊技能や熟練、高度の慣れ等を要しないものであり、早朝配送業務と比較して、勤務時間帯こそ異るものの(ただし、これも従前深夜ないし早朝勤務であったのが昼間勤務に変わるのであるから、一般的には決して従業員に不利益な勤務時間帯の変更に当たらない。また、この変更が申請人にとって不利益ないし不都合を生ずる特別な事情が存することの具体的疎明はない。)、業務内容はいずれも自動車を運転して得意先を回るという点で共通していて極めて同質性が高く、勤務場所、賃金等の労働条件もほとんど変わらないというのである。従って、被申請人は本件労働契約上、申請人に対し就業規則に則り早朝配送業務から集金業務への配転を命ずる権限を有するというべきである。
更に、本件一件記録によれば、被申請人は、業務及び人事配置上の必要から本件配転を行うことを決め、昭和六一年一月下旬ころ営業本部長及び営業一課長を通じて配転する旨告げたところ、申請人は合理的な理由を何ら示さずにただ本件配転はいやである旨繰り返し申し述べるのみであったので、正当な配転拒否理由はないものとして、同年二月一日本件配転を他の人事移動と共に文書で公示して本件配転命令を発したことが一応認められるから、本件配転命令は被申請人が本件労働契約上有する権限に基づいて発したものということができる。
五 本件一件記録によっても、本件配転命令が何ら合理的な必要性がないのに専ら申請人が主張するような報復的な目的でなされたものであって権利の濫用に当たるということの疎明があるとはいえない。
六 以上によれば、本件配転命令は正当な権限により有効になされたものであり、従って、本件仮処分申請は被保全権利の疎明がなく、かつ保証を立てさせてこれを認めるのも相当でないから、その余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 山垣清正)